麻酔科勉強会 担当:O先生
「全身麻酔後の視機能障害」
・postoperative visual dysfunction:POVD
・非眼科手術後の視機能障害
・脊髄脊椎手術で0.03~0.2%、心臓血管外科手術で0.06~0.33%の発症率
・この発症率に含まれるのは失明および重度の視機能障害のみ
・無自覚や無症候性の視機能障害も含めるとさらに増える可能性もある
・POVDがなぜ問題か
・一度発生するとQOLの低下やリハビリの開始困難
→予後に影響しかねない
・症状の現れ方が軽微なことが多い
・麻酔科医や外科医がPOVDに精通していない
→診断が困難もしくは遅れる可能性がある
・発症機序
・実はあまり詳しくはわかっていない
・以前は眼圧の上昇が主な原因と考えられていた
・現在では
①外科的損傷
②虚血
③梗塞
の3つが主な原因と考えられている
・眼圧との関係
・眼圧の上昇とPOVDとの直接的な因果関係は
明らかになっていない
・頻度の最も多い虚血性視神経症では眼圧上昇や
網膜、脈絡膜の異常を認めないことが多い。
・しかし緑内障はPOVDのリスクファクターであるため、
眼圧を全く気にしなくても良いわけではない。
・POVDの分類
・原因によって、大きく3つに分けられ、更に細かく5つに分類
a)虚血性視神経症
①前部虚血性視神経症(AION)
②後部虚血性視神経症(PION)
b)網膜動脈閉塞症
③網膜中心動脈閉塞症
④網膜動脈分枝閉塞症
C)皮質盲
a)虚血性視神経症
・前部か後部かの他に動脈炎性か非動脈炎性かに分類。
・大半は非動脈炎性。腹臥位や脊髄脊椎手術に多い。
・症状は水平半盲、失明、中心暗点、対光反射の減弱、欠如など
①前部虚血性視神経症(AION)
・視神経乳頭や強膜管内の視神経が虚血になり発症
・視神経乳頭が障害
→眼底所見で視神経乳頭の蒼白や浮腫、視神経周囲の出血
・心臓血管手術ではPIONより多い
②後部虚血性視神経症(PION)
・脊髄脊椎手術後ではAIONより起こりやすい
・後部視神経は軟膜循環によって栄養
・PIONの病変部位は視神経乳頭より後ろに存在するため、
初期の眼底所見は正常である。
b)網膜動脈閉塞症
・心臓血管外科手術後に起こることがある。
・人工心肺後の塞栓も原因になる
・中心動脈型と動脈分枝型が存在する。
・対光反射の欠如もしくは減弱が起こることがある
・眼球筋機能不全などの眼球運動障害が起こることもある。
③網膜中心動脈閉塞症
・網膜全体の虚血により視力低下や失明が起こる。
・眼底検査では蒼白な網膜やチェリーレッド斑、
網脈動脈の狭小化が特徴的
・視機能の予後は悪く、視力の改善はほとんどない。
④網膜動脈分枝閉塞症
・塞栓などで閉塞した箇所から先の網膜だけ障害
・それ以外の網膜は正常に機能
・眼底検査では塞栓の存在や部分的な網膜の蒼白化を認める
・症状は虚血部分に相当する部位の視野欠損
・黄斑が正常であれば視力低下は起こりにくい
c)皮質盲
・外側膝状体、視放線、後頭葉の大脳視覚領に至る視経路の損傷に起因
・脳腫瘍(下垂体腫瘍、後頭葉腫瘍)、外科的損傷、虚血や梗塞が原因
・網膜~外側膝状体までの視経路は正常
→対光反射や眼底検査は正常
・空間認知および大きさと距離の関連性感覚の障害、
注視力の制限、視覚的威嚇への無反応が特徴的
・両側の後頭葉の損傷で完全盲、局所的な損傷で同側性半盲
・POVD発症後の対応
・初期の訴えは視野のぼやけと視力異常
・原則すぐに眼科医へコンサルトする。
・瞳孔反射、眼球運動、視野の確認を行っておく。
眼底検査、遠近調節反射、眼圧も可能であれば。
・麻薬によって瞳孔症状は見落とされる危険性あり
・皮質盲にはCTおよびMRIが有用
・治療
・虚血性視神経炎
→アセタゾラミド(網膜血流の増加)、
マンニトール、フロセミド
・網膜動脈閉塞症
→眼球マッサージ(緑内障で禁忌)、
アセタゾラミド、二酸化炭素吸入(血管拡張)
・皮質盲
→有用な薬物はない。進行の予防のみ
・これらはすべて十分な効果は立証されていない。
・視機能の予後は全体的に不良である。
→つまり最も重要なのはPOVDの予防にある。
・予防
・眼球への外的圧力を排除
・マスク換気時のマスクによる圧迫に気を付ける
・腹臥位手術でのヘッドレストの使用時に眼球位置確認
・眼球付近での外科医の腕の圧迫に気を付ける
・モニター類およびコードによる圧迫に気を付ける
・POVD予防のASA提言
・6.5時間以上の長時間手術、循環血液量の44.7%以上の出血を認める
手術の患者を高リスク患者と認める。
・高リスク患者では動脈圧モニタリング、
および中心静脈圧モニタリングが推奨される。
・眼球への直接的圧迫を回避し、
高リスク患者では頭を心臓より高い位置で
ニュートラルポジションを維持。
眼球に圧迫がないか、15分毎に確認する。
・複雑な脊椎手術を高リスク患者に施行する場合は
段階的手術法にすることも考慮
・高リスク患者の血圧管理は術前の24%以内の平均血圧、
または84mmHg以上の収縮期血圧を維持する。
・高リスク患者では輸液に関して血管内容量維持のため、
晶質液に加え、膠質液も使用する。
・高リスク患者ではHb>9.4g/dL、Ht>28%を維持する。