2017年7月17日月曜日

ステロイドカバー

初期研修医勉強会 担当:K先生

「ステロイドカバーについて」

・ステロイド使用患者における注意点
 ・ステロイドが適応となる原疾患に対する麻酔計画
  →例えば・・・
   ・関節リウマチ患者の挿管困難に対する気道確保
   ・気管支喘息に対する発作予防
   ・血液疾患による汎血球減少に対する対策
 ・ステロイド長期投与に伴う副作用の管理
  →例えば・・・
   ・耐糖能異常
   ・易感染性
 ・ステロイド分泌抑制に対する補充(ステロイドカバー)
・まずは床下部-下垂体-副腎系(HPA系)を復習
 ・ストレスによりHPA系はpositive feedbackでcortisolを産生
 ・産生されるcortisolは8-10mg/day程度。
 ・cortisolは内因性も外因性も含めてHPA系にnegative feedbackをかける。
・ストレス下でのcortisol分泌量
 ・minor surgery→50mg/day
 ・greater surgical stress→75-150mg/day、まれに200mg/day以上
・二次性副腎機能低下症
 ・ステロイドはnegative feedbackによりHPA系を抑制する。
  →CRH、ACTHの分泌が抑制される。
  →それらの刺激を受けなくなった副腎皮質は萎縮する。
  →何らかのストレスを受けてCRHやACTHが分泌されても
   委縮した副腎皮質からは十分量のコルチゾールが分泌されないため、
   副腎不全を呈することがある。
・周術期の二次性副腎不全の報告(1950年代)
  ・34歳男性。関節リウマチに対して
   50mg/dayのコルチゾンを8ヶ月にわたり投与。
   股関節形成術後ショックに陥り、術後3時間で死亡。
  ・20歳女性。関節リウマチに対して
   75mg/dayのプレドニゾンを8ヶ月にわたり投与。
   膝関節の術後ショックに陥り、術後6時間で死亡。
 →いずれも病理学的所見で両副腎の萎縮、腺組織の顕著な変性を認めた。
 →副腎不全が死因と考えられた。
 →ステロイドカバーの必要性が提唱されるようになった。
・HPA系の評価
 ・intermediate patientsにはHPA系の評価を行うことを推奨する
 ・まず早朝コルチゾール基礎値でスクリーニングを行う。
  ・cortisol<5μg/dL
   →HPA系抑制の可能性が高いためステロイドカバー行う
  ・cortisol>10μg/dL
   →HPA系抑制の可能性は低いため常用量のみで可
  ・cortisol 5 to 10μg/dL
   →追加検査を行うかempiricにステロイドカバーを行う
 ・早朝コルチゾール基礎値でグレーゾーンと判定された場合
   →追加検査として迅速ACTH負荷試験を行う。
  ・迅速ACTH負荷試験
   →ACTHを投与することでHPA系の下流にある副腎皮質の機能を調べる
    ・ACTH製剤(コートロシン®)250μg投与
      →30分後 cortisol<18μg/dL→副腎機能低下あり
           cortisol>18μg/dL→副腎機能正常
・ステロイドの内服期間が3w未満の患者
  →用量にかかわらずステロイドカバーは必要ない。
・3w以上、PSL換算で1日20mg以上内服
  →ステロイドカバーが必要。
・3w以上、1日5-20mg内服
  →HPA系の抑制状態を評価するための検査を行うか、
   empiricにステロイドカバーを行う。
・吸入ステロイドは?
 ・吸入ステロイドを使用中の患者の早朝コルチゾール基礎値(13研究)や
  尿中コルチゾール(21研究)について調べた研究のメタアナリシス
                 (Arch Intern Med 1999; 159:941.)
  →750μg/day以上のフルチカゾン(フルタイド)、
    1500μg/day以上のブデソニド(パルミコート)、べクロメタゾン、
    トリアムシノロンの吸入でHPA系の抑制が確認された。          
 ・UpToDateでは?
  →750μg/day以上のフルチカゾンや
   1500μg/day以上のフルチカゾン以外の吸入ステロイドを
   3週間以上使用している患者
    →術前にHPA系の評価を行うよう勧めている。
・外用ステロイドは?
 ・Class Iの外用ステロイドを2g/day以上使うとHPA系が抑制される可能性。
                  (J Am Acad Dermatol. 2006; 54:1.)
  ・UpToDateではClass I-IIIの外用ステロイドを2g/day以上、
  3週間以上使用した場合は術前にHPA系の評価を行うことを勧めている。
  ・ちなみに0.5gで両手掌に塗布する分量に相当するため、
    体幹等にも塗るのであれば2g/dayはそれほど多い量ではなさそう。
・何をどれだけ投与するか?
 ・かつてはヒドロコルチゾンを術前、術中、術後に100mgずつ計300mgを
  手術当日に投与しその後徐々に減量。
  →この投与量は大手術を受けた正常患者の血中コルチゾール最高値を
   上回るように設定
  →多くの患者にとっては過量投与。
 ・副作用として血圧上昇、水分貯留、消化性潰瘍、
  創傷治癒遅延、感染の増加などが多数報告された。
・周術期のステロイド補充量
  ・一般的に手術侵襲の大きさによって決めることが多い。
  ・健常人でのコルチゾール分泌量を参考とする。
  ・小手術では健常人ではコルチゾールの分泌はおよそ50mg/dayまで増加し、
   24時間以内に平常値まで戻る。
  ・より大きな手術(例えば結腸切除術)では75-100mg/dayまで増加し、
   24時間から48時間で正常化する。
  ・さらに大きな手術(例えば食道手術や心臓手術)では、
   200-500mg/dayまで増加する。
   ・ただし術翌日には200mg/day未満となることが多い。
・そもそもステロイドカバーは必要か。
 ・侵襲の大きな手術を受ける患者でも常用量のステロイドで十分?
  ・炎症性腸疾患に対する手術を受ける患者に
   常用量のステロイドのみを投与した後向きコホート研究
                    (Surgery 2012; 152:158.)
   →血管作動薬や追加ステロイドの投与を必要とするような
    循環変動は生じなかった。 
  ・同じグループが2014年に発表したRCT(N=92)(Ann Surg 2014; 259:32.)
   →常用量のみを投与した群とヒドロコルチゾン100mg×3回/dayを投与した群で
    循環動態に差はなかった。 
 →現時点では周術期のステロイド投与による副作用よりも、
  副腎不全のリスクを考慮してステロイドカバーは必要であるという意見の方が多い。