「初期研修医勉強会」 担当:S先生
「悪性高熱症について」
・悪性高熱症とは
・全身麻酔による最も死亡率の高い合併症
・歴史
・1962年 Denboroughらによって発表されたオーストラリアでの報告
・1975年 Gaisford Harrisonがダントロレンによる治療を発見
・1982年 ヒトでダントロレンによる治療の有効性を確認
・疫学
・頻度は・・・
→完全静脈麻酔(TIVA)の普及に伴い頻度は減少
→全身麻酔症例 20000 人に 1 人
・男女比3.4:1、30歳以下(とくに小児)に多い
・死亡率はダントロレンにより死亡率は劇的に改善
・しかし依然10-15%と高値
・臨床症状
・体温上昇(40℃以上)
・筋硬直
・横紋筋融解
・低酸素血症
・ミオグロビン尿
・代謝性アシドーシス
・高K血症
・不整脈など
・鑑別診断
・鎮痛・鎮静・筋弛緩・換気の不足
・感染
・腹腔鏡手術におけるEtCO2の増加
・移植反応
・薬物乱用
・アルコール離脱症候群
・悪性症候群
・セロトニン症候群
・甲状腺クリーゼ
・褐色細胞腫・・・
・病態生理
・悪性高熱症の本態
→骨格筋の異常な代謝亢進状態
・骨格筋は全体重の40%
→骨格筋の代謝亢進は全身の代謝に重大な影響をもたらす
・CICR(Ca-induced Ca release)機構
・Ca遊離速度を亢進させる因子のうち、
CaそのものがCa放出を促進させる系(positive feedback)
・生理的には、急激な筋収縮を得るために、
激しく細胞内Ca濃度を上昇させるための機構
・通常はCa取り込み速度>放出速度であるため、
一旦CICR機構が発動しても、細胞内Ca濃度はすぐに低下し、
CICR機構は停止する
・ある素因を持つ患者が、誘引にさらされると、
Ca放出速度>取り込み速度となり、
CICR機構を止める事ができず、
細胞内Caが異常に上昇し制御できなくなる。
・誘引
・麻酔薬による誘発
・揮発性吸入麻酔薬
→ハロタン,エンフルラン,イソフルラン,
デスフルラン,セボフルランなど
・脱分極性筋弛緩薬(スキサメトニウムなど)
・アミノフィリン,テオフィリン,アミド型局所麻酔薬など
・非麻酔時の誘発
・運動、熱射病などの高体温
・ハロタン
→リアノジン受容体を活性化、SERCAを阻害
→細胞内Ca↑
・スキサメトニウム
→Ach受容体にAchと競合して結合し、持続的脱分極をもたらす
→CICR機構を促進、細胞内Ca↑
・患者素因
・骨格筋の筋小胞体のリアノジン受容体の異常
(Ca感受性亢進、最大Ca放出速度の増大)
・T管上のジヒドロピリジン受容体異常
・その他Ca再取り込み異常など
・参考その1
・Duchenne型、Becker型などの筋ジストロフィー
→ハロタンやスキサメトニウムを用いると、
高K血症・ミオグロビン尿などの
悪性高熱類似症状が出現することがある。
→厳密には機序は異なるとされている。
→先天性筋疾患をもつ患者もこれらの薬物の使用を避ける。
・以下の疾患は悪性高熱リスクではない。
・骨形成不全症
・ヌーナン症候群
・先天性多発性関節拘縮症
・ミオトニア
・悪性症候群
・遺伝性
・悪性高熱には家族性がある
・ヒトでは病態関連遺伝子の変異点が複数存在
→常染色体優性遺伝する
・点変異が単一でない
→素因を持っていても発症時の症状や重症度は患者毎に異なる
・ブタの悪性高熱はすべて1つの点変異が原因
・悪性高熱感受性の判定
・ハロタンまたはカフェイン(筋小胞体からのCa放出を促進)
を用いた骨格筋生検標本の収縮検査
・血清CK値測定による筋膜の透過性の評価
・DNA解析による変異の同定(ブタの場合はこれだけで特定可能)
・治療
・特効薬:ダントロレン
・筋弛緩薬の1つ。
・リアノジン受容体に結合し、
T管から筋小胞体への興奮の伝達過程を遮断
→筋小胞体からのCa2+の遊離を抑制。
・悪性高熱症の類似疾患である悪性症候群の特効薬でもある
・発症を疑うポイント
・咬筋の痙攣によって開口困難
・誘因薬物の使用後、咬筋の痙攣や全身の硬直
→その後換気が難しい・または挿管が難しい
・体温が上昇するのはやや遅れて発現する徴候
・適切な換気、十分な流量、人工呼吸器に問題が無いにもかかわらず
EtCO2↑、SpO2↓、頻脈、頻呼吸など
・その他患者の皮膚の色・循環・体温・尿の色・
四肢の状態・筋肉の緊張など
・実際の対応
・応急処置
・助けを呼ぶ
・ダントロレンを持って来てもらう。
・原因となる麻酔薬を中止し、手術も中止する
・純酸素で通常の2~3倍の過換気を行う
・太い静脈路を確保し、冷却した輸液を15ml/kg行う
・その他全ての方法を用いて冷却
・ダントロレンを投与(2.5mg/kg)、徴候が収まるまで同じ量を繰り返す
・電解質(特にK)をチェック
・ABG check。
・必要なら動脈圧ライン、CVライン。
・GI療法、メイロン投与、凝固検査、CK check、ミオグロビン測定。
・不整脈に対してはACLSプロトコルに従って。
・Ca blockerはダントロレン使用中は避ける。
・尿量 1ml/kg/hを確保
・厳密な経過観察(25%で症状が再発)
→少なくとも24時間は継続チェックが必要。
・ダントロレンの費用対効果
・アメリカの5316の全てのASCでダントロレンを
1年間36バイアル常備する総コストは646万ドル
・アメリカの1年間の悪性高熱患者数は47人
そのうちダントロレンの使用によって救命できる数は
47×(80%−10%)=32.9人
・ICER=薬物の使用によって1人を助けるのにかかる費用
=646万ドル/32.9人
=19.6万ドル/人
・the values of statistical life (VSL):統計的生命の価値
→アメリカのFDA、EPAなどの規制局が用いている基準によると、
医療統計学的に、患者1人の命を救うのにかかる費用が
400~1000万ドルまでに治まれば費用対効果は良いとされる
・ダントロレン36バイアルを常備した際のICER
=19.6万ドル/人<400万ドル/人
→ダントロレンの費用対効果は良い!